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天朗気清恵風和暢仰観宇宙之大俯察品類之 
この日、空は晴れわたり空気は澄み、春風がのびやかにながれていました。我々は、宇宙の大きさを仰ぎみるとともに、地上すべてのものの生命のすばらしさを思いやりました
ー王羲之



離れの襖に描かれた漢文の意味をこの日初めて知った。


その意味を教えてくれたのは同居人の榊みやこ氏。


三月一日、大阪より山添に帰ってきたあの日から、僕たち三人の暮らしが始まった。


それから1ヶ月経った四月五日、同居人だったみやこさんとそのパートナー・鬼頭哲也さんは沼津へと旅立ち、最後まで残った僕と女将・水流苑まちも大阪へ向かったために、久しぶりにGround Mole山添に静寂が訪れた。


山添に来る以前の彼らはセーブポイント、自宅を解放し誰でも泊めたり遊びにきてもらったりする遊びをしていた。

いわば、Ground Mole和光の同業者とも言える2人がここ山添に合流した。

特にトラブルもなく、お互いに理想の生活をできていたはずなのに、彼らは次なる場所に向けて旅立った。


その真意には、Ground Moleならではの理由があり、その理由こそが今まで言語化できていなかったGround Moleの価値であった。




1.みんな、この家が好きだったから



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友達にお金払う時はあんなに強く願って引き寄せるのに、
やっぱりシステムで管理された家賃を払う才能がない。


セーブポイントが、女将と出会い、大阪の拠点としてこよなく愛したあの家がなくなる。


Ground Mole和光閉鎖の二週間前に見つけたみやこさんのブログでそのことを知ると、なんとも言えない気分になった。




どうやら、大して仲良くもない大家にシステム上仕方ないからという理由で払わなければならないために、あの家を手放すことにしたらしい。



僕自身、大嫌いな大家にこれ以上家賃を払いたくないし、これ以上東京に居続けるのも嫌だったから、Ground Mole和光を閉鎖したのだから、セーブポイントの2人の気持ちがとてもよくわかった。


「うちに来たらいいんじゃないかな」


正直なところ、この時点ではこうとしか思っていなかった。

「僕たち三人で場を作ってみたら面白そうだな」と思う前に「奈良、家が四つあるようなもんなので、一緒に住みませんか??家賃光熱費タダだし!」と声をかけていた。


「これは事件だ」




なんてメッセージが来たかと思えば、これまでに見たことがないくらいにテンションが上がったみやこさんがいた。


ここから、一気にやりたいことが加速したのか、僕・女将・みやこさん・鬼頭さんの4人のグループができた。


鬼頭&みやこさんが初めて山添に来たのは一月の終わり。

このときは完全に下見のつもりで2人とも来ていたらしく、鬼頭さんは「俺たちは何をすればいいの?」と僕に聞いていた。

が、山添に着いた途端に2人は動き始めた。


鬼頭さんは自分たちの寝床を確保すべく布団部屋を開拓し、みやこさんは庭を整え、僕は屋根裏を開拓。まちまちは丸まっていた。


別に、2人に何か指示した覚えは一度もなかったけれども、この家を一目見て気に入ってくれたからこそ、2人は早々に動き出してくれていたのかもしれない。

2.一人暮らし以上、シェアハウス未満の距離感


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「何もやりたいことがない中から、やりたいことが湧いてくる感覚は新鮮だった。」

最後の晩餐の日、そう語っていた鬼頭さんが手をつけたのは部屋の掃除から。

「みやこのために、徹底的に掃除をしてやらんと。」

天井から畳のスキマまで、徹底的に掃除をしていく鬼頭さん。


「この家と会話しながら掃除を進めていった」

家との対話を通して、水仙と庭木の間にある雑草を抜き、溝に溜まった泥を整理していくみやこさん。


この2人のおかげで、家は見違えるように綺麗になったし、僕自身も自分のやりたいことに注力できた。


ただ、2人と一緒の家に住んでいたはずなのに、その感覚があまりにも乏しい。


この三月、僕はやたらと出張が多かったため、山添に居れたのは実質二週間ほどだったこともある。


それ以上に、2人との距離の取り方があまりにも絶妙だったのだ。

そもそも、2人は自分たちのスペースに篭っていることが多い。

みやこさんは、コワーキング的に作業するときはメインルーム、集中したい時には離れに。

鬼頭さんは執筆するときは自室、ゲームをするときにはリビングに。

僕の生活スペースは屋根裏、物作りをするときには蔵の裏にいた。


それぞれが一人一人の作業に没頭し、ちょっと話したくなった時にはメインルームに行く。


自分のテリトリーに篭る時は基本的にそっとしておく。


だけど、同じ釜の飯を食うし、お互いの調味料から食材の全てをシェアしあう。


それぞれが一人暮らしをしていて、共有スペースで井戸端会議的に今日の成果であったり野望を語り合うようなこの生活は、シェアハウスというよりかは長屋に近い暮らしだ。


洗い物やゴミなどの治安維持的なところはお互い気になったときにやるようにしていることは、まるで僕たちが一つの小さな町内会であるかのようだった。

3.セーブポイントもGround Moleも「個」の尊重がテーマだった



三人の暮らしは非常にすごしやすく、1人でありながらも繋がりのある不思議な感覚に満ちていた。


この感覚はまるで去年の2月、Ground Mole和光で2人のホームレス(でっち&翼)と暮らしていたときのそれに近かった。


ただ、あの時よりもここは広かったので、もっと心地よい暮らしになった。


それはここがGround Moleである故に、何につけてもお金を取っていなかったのが大きかった。


例えば、食事については僕が無限に料理を作りたい人であるために、僕がその時に食べたいものを勝手に人数分つくる。


畑に行けば野菜は無限に無料で食べられるし、肉などについては僕が業務スーパーで適当にまとめ買いするし、米については鬼頭さんたちが買ってきてくれたり、来た人が持って来てくれたりした。


また、家賃が無料であるために、僕は一切気にする必要はない。だから、彼らからも取らない。

まあ、彼らの方が僕以上に家のために働いてくれてるしね。


僕たちは自分のやりたいことに正直に生き、それぞれがお互いの1人の時間を尊重して付き合う。


僕たちが違う場所で、違うルーツで育てて来た場であるセーブポイントとGround Mole和光のときからずっと大切にしてきていることだったから、この暮らしが実現できたのだろう。

また、この期間のお互いの予定がお互いにわからなかったことも面白く、気がついたら同じタイミングで東京にいたりしたのも面白い。


シェアハウスには掃除当番や食事当番など、治安維持のために管理するところが見受けられるけれども、人を管理するのも管理されるのをお互いに面倒臭がっていたのも、心地よかった要因か。

4.2人が沼津に旅立ったワケ



鬼頭さんとみやこさんは望み通りの生活を手に入れ、僕は僕で2人が最初に場を整えてくれたおかげでノビノビと自分の作業に集中できたので、この期間の開拓は爆発的に進んだ。












とはいえど、僕自身山添にいれた日数が少なかったため、あまり生産はできていない。ただ、1日の作業進展スピードは異常に早かった。


しかし、そんなセーブポイントの2人が山添を離れることになった。


そのキッカケは共通の友人がいろいろピンチになっていることだった。


彼の持っている手がつけられていない案件を進めることで、大きな金銭の余剰を生み出すために2人は沼津に行くらしい。


「自分の望む生き方があって、けれども現実には資本主義のレールに乗らなきゃいけないから、結局自分らしく生きるのはだましだましにやる必要があったのかなと思ってた。だけど、ここにいれば家はあるし、畑で野菜はとれるから、とりあえず生きることができるのはわかった。そしたら、また資本主義で挑戦してみたくなったから、今回沼津に行くことにしたの。」


最後の晩餐で聞いた沼津進出の理由は、でっちが和光を出たあの日と同じようなものだった。


なぜ、Ground Moleに訪れた者たちが目を輝かせて、社会の荒波に揉まれようとするのか。


それは、今自分が想像できる幸せを手に入れたために、新しい幸せを求めて次の海にでたいと思うようになったからなのかもしれない。


最後に、みやこさんは離れの扉に書かれた漢文の意味を教えてくれた。

それは東晋時代、中国の三筆と呼ばれた王羲之の「蘭亭序」。

永和九年歳在癸丑暮春之初會于會稽山陰之蘭亭脩禊事也群賢畢至少長咸集此地有崇山峻領茂林脩竹又有清流激湍暎帶左右引以爲流觴曲水列坐其次雖無絲竹管弦之盛一觴一詠亦足以暢叙幽情是日也天朗氣淸惠風和暢仰觀宇宙之大俯察品類之盛所以遊目騁懷足以極視聽之娯信可樂也夫人之相與俯仰一世或取諸懷抱悟言一室之内或因寄所託放浪形骸之外雖趣舎萬殊靜躁不同當其欣於所遇蹔得於己怏然自足不知老之將至及其所之既惓情隨事遷感慨係之矣向之所欣俛仰之閒以爲陳迹猶不能不以之興懷況脩短隨化終期於盡古人云死生亦大矣豈不痛哉毎攬昔人興感之由若合一契未甞不臨文嗟悼不能喩之於懷固知一死生爲虚誕齊彭殤爲妄作後之視今亦由今之視昔悲夫故列叙時人録其所述雖世殊事異所以興懷其致一也後之攬者亦將有感於斯文

山の中にある古民家で、老若男女東西南北さまざまなところから人が集まり、語らい、心のままに、見聞し学ぶ。


この家がGround Moleを待ってくれていたかのようだった。






ありがとう。よい旅を。




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僕はシェアハウスが嫌いだ。


コミュニティや居場所を唄っているのにもかかわらず、光熱費が固定になったくらいで、家賃はワンルームと大して変わらず、人を縛るルールばかりがある面倒臭い賃貸でしかないからだ。



本当のコミュニティは、一人一人がそのコミュニティを利用してやりたいことを見つけ出し、そのやりたいことをやり続けるために維持されるようなものだ。


自分で維持していると思うからこそ、そこに居場所が生まれるし、賃貸のようにお金だけ払って人にそれを丸投げしているようであれば、そこに居場所は生まれない。


一人一人がその場を維持したいと思っていないから、平気で部屋を汚すし、そこにあるものを大切にしようとも思わなくなる。


さらに、利益のために住民を囲い込むようなことをしているのであれば、それはカルト以外の何ものでもない。



効率的に運営しようとするためのシステムが人を苦しめる構造になっているのがシェアハウスで、システムの都合に踊らされず、一人一人の力を信じる場として、Ground Mole山添を作っていきたい。